日本神話-34 履中天皇と反正天皇

どうも、元山狐(もとやまきつね)です。

今回から仁徳天皇以降の天皇をある程度まとめながら(と書きつつ、本当は略しながらなんですが(笑))書いていきたいと思います。

今回は17代履中天皇と18代反正天皇についてです。

この2人の共通点かつ特徴的なのは、皇位において初めて兄弟継承がなされたことと、2人とも在位期間が短く短命な天皇だったことが挙げられます。



履中天皇について

履中天皇は先代仁徳天皇陵と石之日売命の間にできた子供です。

大江之伊邪本和気命(オオエノイザホワケノミコト)という名前なんですが、長いのでこの記事では履中天皇と記載します。

黒日売命を妃に迎えていますが、この黒日売命は先代仁徳天皇に見初められていましたね。(石之日売命の嫉妬が怖くて逃げてしまいましたが(笑))

仁徳天皇との間にどれほどの関係があったかはわかりませんが、親子2代に渡って色恋沙汰を繰り広げるくらいなので、黒日売命は本当に綺麗な人だったんでしょうね。

在位期間は短く、6年目に病気で崩御しました。

今までの天皇は天皇や皇族の子がなっていましたが、履中天皇の次代は弟の水歯別命(ミズハワケノミコト = 反正天皇)が即位してまして、これが初めての皇位の兄弟継承となります。

この代にも跡目争いがあった

先代仁徳天皇が崩御し、履中天皇が即位する直前に弟の住吉仲皇子(スミノエノナカツミコ)に反乱を起こされています。

履中天皇は逃げのびて、弟の水歯別命が住吉仲皇子を討伐しましたが、弟に反乱をおこされたこともあって、住吉仲皇子を倒すまで水歯別命は信頼されなかったとあります。

この出来事があって、履中天皇の次代を反正天皇が継ぐことになったのかも知れませんね。

古事記には記載がありませんが、日本書紀では住吉仲皇子が黒日売命を犯す記述があるそうです。
親子2代に加え、兄弟にも見初められるって凄いですね。

反正天皇について

容姿端麗で歯並びが美しいことから、水歯別命と名付けられているみたいです。

芸能人は歯が命の元祖なんですかね?(笑)

兄から皇位を継ぎましたが、反正天皇にも子はおらず在位5年で崩御し、次の代19代允恭天皇に続いていますが、こちらも兄弟継承となっています。

反正天皇の在位の間は天下太平であったと書かれていました。
在位期間が短いこともありますが、兄では叶わなかった住吉仲皇子を倒した(細かく言い出すと、直接手を下した訳ではないんですが。)ことといい、優秀な人物だったのではないかと思います。

最後に

今回は仲哀天皇の子供で、皇位を引き継いだ履中天皇、反正天皇のことを書きました。

次回に書く、允恭天皇もこの2人の兄弟となります。

この先は資料をパラっと見ただけですが、この時代における天皇家の繁栄や力も、応神天皇や仁徳天皇あたりがピークのように思います。

これから先の記事しばらく盛り上がりがないかもしれません(笑)がよろしくお願いします。

では、最後までお読みいただき、ありがとうございました。