柳生の里に行ってきました。(奈良県)

奈良市には「柳生の里」という観光スポットがあります。
柳生といえば、江戸時代の有名な剣豪。
・・・バカボンドにも柳生は出てきたし、「柳生十兵衛」という人が有名ですよね。
あとは、「じゅうべえくえすと」というゲームがあったような。
・・・まぁ僕にはこのくらいの知識しかないんですが、通りがかりついでに行ってきました。



柳生家について軽く調べてみました

僕は日本史はあまり強くないので、冒頭の知識だけではちょっと・・・。
付け焼き刃でも、もう少し柳生家のことを調べてみようと思って、Wikipedia先生に聞いてみました。

柳生宗厳(そうげん)

戦国時代の剣豪 上泉信綱(のぶつな)が新陰流(しんかげりゅう)という剣術の流派を編み出しました。
彼には多くの弟子がいまして、その中の1人が見出しの柳生宗厳です。

宗厳はやがて信綱から新陰流の宗家を譲られています。
宗厳が伝えた新陰流は、柳生新陰流と呼ばれることがありますが、実際には信綱の新陰流に分派をおこしたわけではなく、正式名称はあくまで新陰流です。

超絶略しますが、その後は徳川家康に無刀取り(素手の状態で、刀を持つ相対する相手を制する徒手技術)を披露、家康の師範となって息子宗矩(むねのり)を徳川家に推挙しました。
これまで武将としてはイマイチパッとしなかった柳生家でしたが、これをきっかけに大きくなっていきます。

ちなみに家康の師範となる、前年66歳の時に剃髪をして入道(仏道に入ること)、石舟斎(せきしゅうさい)と名乗るようになります。
バカボンドに登場した時も、石舟斎と名乗ってましたね。

柳生宗矩(むねのり)

父宗厳の推挙で徳川家に士官した宗矩は、様々な戦果を挙げて、父の代で失領した大和柳生庄2,000石を取り戻しました。

その後、2代将軍の徳川秀忠の兵法指南役となって、1,000石与えられて、3,000石の旗本に。

更には3代目将軍徳川家光の兵法指南役となって新陰流を伝授すると、将軍となった家光の信任を受けて様々な役職を経たり、功績をあげて10,000石を超えて、ついに大名となりました。

一介の剣士から大名まで上り詰めたのは、歴史上この柳生宗矩だけだそうです。

こうして、宗矩は大和国柳生藩の藩祖となりました。

柳生三厳(みつよし)

柳生といえば柳生十兵衛(じゅうべえ)が有名ですが、十兵衛は三厳の通称です。

十兵衛も後継者として、父から厳しい修行を受けていました。
修行を受けつつ、徳川家光の小姓として仕えていましたが、20歳の時に家光の怒りを買い、その後10年以上もの間謹慎となっています。

怒りを買った理由は明確なものが残っておらず、謹慎中は柳生の里に引きこもって、剣術の修行に打ち込んでいたらしいのですが、赦免されるまでの期間が長かったこともあり、諸国を回って、山賊退治や武者修行をしていたという噂になり、これらが様々な伝説や創作を産むことになります。

柳生十兵衛の養子としては片目に眼帯をした隻眼の剣豪のイメージがあります。
修行中に片目を失ったなど諸説あるみたいですが、肖像画には両眼が描かれていて(ただし、三厳本人という確証はないらしい)、当時の資料や記録には隻眼であったことは書かれてないようです。

柳生の里を回ってみました

とりあえず到着して、まずはご飯食べました。

なかなか雰囲気のあるお店で、名物らしい「十兵衛うどん」という、具が山菜ととろろのうどんを食べました。

それまで天気良かったんだけど、食べている間にみるみる天候が怪しくなってきて・・・。
本当はもっと散策したかったのだけど、現地着いた頃から雨が激しく、子供を連れていたのであんまり回れなかった・・・。

柳生家一族の墓

市営の駐車場に車を止めて、そこから徒歩数分で「芳徳寺」に着きます。

境内には柳生一族当主らの墓所があって、前述の柳生宗厳、宗矩、三厳、他歴代当主のお墓が並んでいました。

天石立神社

前述の「芳徳寺」から歩いて10分程度だったかな?
「天石立神社」に到着しました。

ここは柳生家の修練の場と伝えられています。
この谷には巨石がゴロゴロ並んでいまして、日本神話のアマテラスが天の岩戸に隠れたエピソードで、
アメノタヂカラオが開けた岩戸の扉が、空を飛んでここに落ちたという伝説があるみたいです。
自分的には今回ここが一番ロマン感じましたね。

日本神話-7 天の岩戸

神社の御神体も石だったんですが、写真とるの忘れちゃいました。

一刀石

柳生宗厳(石舟斎)が、天狗を相手に剣の修業をしていて、天狗と思い一刀のもとに切り捨てたのがこの岩だと伝えられています。
※柳生三厳(十兵衛)が切ったという説もあるようです。

鬼滅の刃の名シーンを連想させるこのスポットは、今コスプレイヤーたちの注目を集めているみたいです。
うちの子供的にも今回ここが楽しみで、鬼滅の刃パーカーとおもちゃの刀で写真を取りました。

この場所に来る頃には雨もかなり強くなってまして、足元はずぶ濡れ、というか泥まみれになっちゃいました。

最後に

今回雨がキツくなかったら、旧柳生藩家老屋敷とかも行きたかったなぁ・・・。
奈良県観光公式サイト「なら旅ネット」様のWebサイトには柳生街道のモデルコースも掲載されていて、これに習ってめぐるのも楽しそうです。

今回、柳生十兵衛の縁の地を回ったんだから、次は宮本武蔵の縁の地なんかも調べていってみたいな。って思います。

では、では、最後までお読みいただき、ありがとうございました。