首大仏の無量光寺に行ってきました。(和歌山)

どうも、元山狐です。

今月書いているギリシア神話関連の記事で、ペルセウスという英雄について書いていました。

書きながら、思ったのですがペルセウスの活躍って、殆どメデューサの首絡みなんですよね笑。

で、首繋がりだから・・・という理由でもないのですが、先日たまたま和歌山県に「首大仏」なるものがある。
という情報を得て、和歌山市にある「無量光寺」に行ってきました。




無量光寺

Wikipediaより
無量光寺(むりょうこうじ)は和歌山県和歌山市にある浄土宗の寺院。徳本上人大名号塔の寺。本尊は阿弥陀如来。「首大仏の寺」として知られる。

ということで、「首大仏」自身は結構有名みたいです。

徳本上人

この記事を見た時に、目に入ったのが「徳本上人」です。
う~ん、どっかで聞いたような・・・。

と、思って自分のブログ内で検索をしたところ、以前の記事で縁のある、というか徳本上人が修行したとされる真妻山の洞窟に行ってました。

安珍清姫伝説 縁の地に行ってみた。(和歌山)

と、いうか中に入って座禅組んでました。笑
(↑の記事にその写真があります。)

前述の記事にも書いていますが、徳本上人は大変徳の高いお坊さんで、全国的に非常に人気があったそうです。

激しい修行をしていたことでも有名で、「徳本行者」とも呼ばれています。

活躍していたのは宝暦8年から文政元年・・・ってすいません、僕には全くピンとこないので、西暦で書きます。笑
1758年生まれで1818年に亡くなっているみたいなので、60歳で入滅されたみたいです。

紀伊国(今の和歌山県)日高郡出身で、27歳で出家しているみたいです。
結構遅咲きなのかな?

その後は各地を昼夜不断で念仏や苦行をし、念仏の奥義を悟ったと言われています。
念仏の奥義・・・なんかとても協力な技のように思えます。笑
徳本上人の念仏は木魚と鉦を激しく叩く独特なもので、「徳本念仏」と言われたそうです。

そんな徳本上人はとても尊敬を集めており、流行神と称されることもあり、大名らからも崇敬を受けたそうです。

カリスマドラマーみたいなもんでしょうか?
まぁ多分違いますね。笑

紀州徳川家藩主が徳本上人を讃え建立

この無量光寺は紀州徳川家の10代藩主徳川治宝が、徳本上人の高徳を讃えて建立したそうです。
建立は文政12年(1829年)とありますので、徳本上人がお亡くなりになった後に建てられたんですね。

徳川治宝はこのお寺を念仏道場として定めて、堂塔を立てるなど懇意にしていたようです。

つまり、カリスマドラマー(徳本上人)をリスペクトして建てたライブハウス(念仏道場)だと。
ってふざけてるか・・・。

ですが、明治14年(1881年)には消失してしまい、規模が縮小されたものが現在のものとなっているみたいです。

徳本上人の象と塔

首大仏

ということで、無量光寺のことはなんとなくわかっていただけたかと思います。

だけど、それとこの首大仏は何の関係があるの?

元々は別のお寺のものだった

元々・・・というよりは、この首大仏は実は2代目らしく、初代は同じ和歌山市にある大福寺というお寺にあったようです。

このお寺の蓮心というお坊さんが、村人の寄付を募って5M程度の仏像を作ったそうです。
これが初代ですね。
この仏像は近隣の人々の信仰を集めて賑わったらしいのですが、蓮心が亡くなった後に火災があり、消失したそうです。

そこで、村人は再興を決意。

村人
「今度は鎌倉の大仏よりも大きいものを作ってやる!」

と、作り始めました。

しかし、予算の関係で首だけしか作れなかった・・・。

村人
「まぁでも、首だけでも大仏には変わりないし、いいや。」

ということで、それはそれで信仰を集めました。
チャンチャン♪

というのが現在の首大仏のエピソードなんですが、しっかりした会計ができる人が入れば、鎌倉の大仏を超える大きさのものができていたのかも知れませんね。

というのも、この首大仏に胴体をつける場合、バランスを考えると全体で13Mくらいのものになるそうです。
(鎌倉の大仏は11Mちょい)

しかし、南海大地震で大福寺が全壊してしまう

この大福寺が1854年に南海大地震で全壊してしまい、1908年には廃寺となってしまいました。
で、無量光寺はこの大福寺の本山になるので、首大仏が移された。
という経緯らしいです。

で、今は「首から上の願いを叶える」と言われているらしく、多くの受験生が参詣するようになったそうです。
首から上ってことは、髪の毛に関することも叶いそうですよね?他「イケメンになりたい」とかもいけそう。
ちょっとチャラチャラし過ぎかもですが、そっちのアピールをしたら、もっともっと参詣者が増えて賑わう気がするんですが。

お寺の案内板にも首大仏の縁起について書かれている

首大仏

ちなみに鎌倉の大仏

こうやって見ると、首大仏の方が顔に愛嬌があってユーモラスな気がします。

最後に

首は首でも、こちらはメデューサとは違い、とてもありがたい首でしたね。

しかし、「大仏の部位が、その部位に関する願いを叶える」って発想面白いですよね。

手大仏、足大仏、胴体大仏とかあってもいいんじゃない!?
そして、人類に危機が訪れたその時!
首、手、足、胴体は合体し、巨大大仏となって悪と戦うのだ!

・・・みたいな想像しながら
「なーんちゃって」
と思う僕でした。

最後ただの妄想話になっちゃったな・・・。

では、最後までお読みいただきありがとうございました。




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